北京の伝説・紫禁城の床のしきり

故宮のいくつかの宮殿には床のしきりがなく、観光客が出入りするには具合がいい。ではこのしきりは誰がいつなくしたのだろうか。
民間伝説によればこうだ。雍正帝は夢で自分が皇位継承で兄弟に殺され、慌てて次々に宮殿のしきりに足をとられて転び、身体中傷だらけになる夢を見た。
翌朝、雍正帝がその話を臣下にすると、ある大臣が「ご覧になった夢は、皇位継承に不利になるのでしきりを一掃すべきという意味でしょう。」と申し上げた。
これに雍正帝も納得した。
ただこれは伝説に過ぎない。
実際にしきりをなくすよう命じたのは、末代皇帝の溥儀である。
辛亥革命で溥儀は退位を迫られたが、紫禁城の数部屋の居住は許され、退位後の日々をおくった。
ある年、旧臣の一人が溥儀に珍しいおもちゃーー自転車をプレゼントした。
溥儀はたいへん喜んで、すぐに宮廷の中を乗り回し、正妻の婉容(ワンロン)皇后も溥儀に乗り方を教わった。
だが宮廷内の高い床のしきりは自転車で走るのに邪魔だった。
それで溥儀はしきりを取り除くよう命じた。
これに側室の隆裕(ロンユー)皇太后は風水を理由に反対した。
だが隆裕皇太后が病気になったので、溥儀は二人の宦官に自分が使える部屋のしきりを取り除かせた。
隆裕皇太后は考え直すよう言ったが、溥儀は聞き入れなかった。
(“皇上皇后要玩新花样儿,竟然把这个给拆了”https://mp.weixin.qq.com/から拙訳)